20年越しの愛が、
ファンを増やし続ける。
アメリカ発の酸素系漂白剤「オキシクリーン」が日本に上陸したのは1999年のこと。当時グラフィコは日本市場専用商品選定から関わり、日本版の商品パッケージデザインや店頭販促企画など、販売促進全般を担当していました。紆余曲折を経て、その10年後にはメーカーとして商品販売をスタート。20年来変わらぬ商品への「愛」が、オキシクリーンを多くの人の暮らしに欠かせない存在へと導きました。
日本で一番オキシクリーンを
愛しているのは私たちだ。
1999年当時デザイン会社だったグラフィコのもとに舞い込んできたのが、オキシクリーンの日本上陸をデザイン・販促の両面からサポートする仕事。しかしその10年後、日本での販売会社が撤退することに。 米国チャーチ・アンド・ドワイト社が日本での新しい販売会社を探していたところ、既にメーカーへと転身を遂げていたグラフィコは、「うちにやらせてください!」と手をあげ、日本での独占販売権獲得競争に参戦。オキシクリーンの日本上陸時からサポートしてきたという自負と愛が、担当者を掻き立てました。
当時、日本で主流だったのは塩素系漂白剤。しかし、色柄物に使えない、ツーンとした臭いが気になるなど、ユーザーの困りごとが見え隠れしている状況でした。
デザイン担当からメーカーへ。
「愛」が勝ち取った日本独占販売権。
当時、日用品の製造販売は未知の領域であったうえに、3、4社での競合という不利な状況でありながらも、グラフィコは日本での独占販売権を獲得。決め手となったのは、当時の企画書にあった「製品への愛が製品を復活させる力になります」という一文。デザイン担当時から注いできた商品への「愛」がビジネスを大きく動かした瞬間でした。自社開発商品でなく、輸入商品であっても「心でつくる」グラフィコの想いはゆるぎません。
社内でオキシクリーンブランドチームを立ち上げる際にも、「オキシクリーンが好き」という感情を大切に協力してくれるメンバーを集めました。
毎日コツコツとSNS投稿数を
目視でカウント。
リアルとSNSをつなぐ施策を実施。
当時は、オキシクリーンがどのくらい話題になっているのかSNSで確認するも、関連する投稿は月に数件程度。ところが、アメリカの倉庫型店での販売を機に、SNSでオキシクリーンの投稿が増加。効果に対するコメントに加え、「買えない」「どこに売ってるの?」という投稿から需要アップに気づき、SNSで話題になっていること自体を店頭POPで演出、実演販売の販促にも注力。SNSとリアルをつなぐ施策が功を奏し、オキシクリーンはより多くの人に知られる存在になりました。
当時のイメージキャラクターにも元々オキシクリーンを愛用いただいている方を起用し、クチコミやPRで自然発生的に商品の良さが広まっていくような流れを生み出しました。
商品が好きな人が増えて
ブランド価値が上がるなら、
どこで買ってもらっても構わない。
正直なところ、アメリカの倉庫型店でオキシクリーンを買っていただいても、それは直接的なグラフィコの売上につながりません。認知度が上がるにつれ、私たちはそのジレンマに悩まされることに。しかし、「オキシクリーンを使ってもらえるなら、どこで買ってもらってもうれしいじゃないか。それは結果的にオキシクリーンのファンを増やすことになる」と、目先の利益よりも未来を見つめ、コツコツと販売促進活動を継続していきました。
「好き」が実を結び、
2017年に再ブレイク。
暮らしに欠かせない商品へ。
SNSでは「これで使い方あってるのかな」など、疑問や困りごとをつぶやく人を見つけては直接リプライしてサポート。Webサイトにもこれでもかというほどに詳しく使い道を掲載し、愛用者にアプローチを重ねました。このような活動が実を結び、2017年には再ブレイク。現在では認知率90%を超え、「オキシクリーンを固有名詞にしよう」という20年越しの夢も、夢ではないところまで至っています。 まさにあの「製品への愛が製品を復活させる力になります」を実証できました。
お客様がずっと愛用できる状態をキープすべく、「声」に着目しながら品質や使いやすさも改良を重ねていく。
暮らしに欠かせない商品となった今、私たちが大切にすべきはお客様が欲しい時に商品がちゃんと手に入ること。当たり前のようですが、その実現のためには販売店への働きかけなど継続的な努力が不可欠です。これまで同様、SNSで発せられるリアルなお客様の声をひとつひとつ丁寧に受け止めながら、品質や使いやすさの改良、新商品開発に活かしていきます。